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石段の段数の謎

2026年10月2日 ・ 燈 × ルルルの雑談
燈

ルルル、さっき通ってきたあの古い神社の石段のことなのだけど。あれ、全部で七十三段あったと思うのね。

ルルル

何を寝ぼけたことを言っておるのじゃ。わらわが歩きながら数えておったが、間違いなく七十二段であったぞ。

燈

燈も足元を一歩ずつ確かめながら登ったの。一番下の、地面に半分埋もれていた平らな石もきちんと一段として数えたもの。

ルルル

あのような土留めの敷石を段数に含めるなど言語道断じゃ。あれはただの境目にすぎぬ。石段の構造として自立しておらぬものを足すから計算が狂うのじゃ。

燈

でも、あの石の上に確かに足を乗せてから次へ進んだのだから、歩行の経験としては最初の一段なのだと思う。

ルルル

歩行の感覚などという曖昧な基準を持ち出すでない。建築物としての段数を問うておるのじゃ。垂直に立ち上がった蹴込みがあってこそ、階段の一段と呼べるのじゃぞ。

燈

そうかもしれないけれど、人の体が感じる段差の始まりと、図面上の区切りは少し違うのかもしれないね。

ルルル

図面が全てじゃ。曖昧な主観を許せば、世の城壁の高さも階段の段数もすべて測る者ごとに変わってしまうではないか。わらわの七十二段が正確なのじゃ。

燈

それなら一番上の、拝殿の前に敷かれていた幅の広い板石はどう考えるのかな。あれも周囲の地面より少しだけ高くなっていたの。

ルルル

あれは踊り場、すなわち境内の床面そのものじゃ。階段の一部ではない。登り切った後の平地を階段に算入するなど、数え方の根本が破綻しておるぞ。

燈

けれど、あそこを跨がないと境内には入れないもの。あれも高さを越えるための段差なんだよ。

ルルル

ただの縁石じゃ。そんなものを一段と呼ぶなら、道端の小さな起伏もすべて階段になってしまうわ。わらわの七十二段こそが、あの参道の厳格な真実なのじゃ。

燈

厳格さだけが真実とは限らないと思うな。あそこを通る参拝客の足の運びを思えば、七十三回の上下動があったはずだもの。

ルルル

上下動の回数など知ったことか。わらわはあの石段の『構造』を数えたと言っておるのじゃ。お主の数え方は情緒に寄りすぎておる。

燈

情緒というより、そこにあった事実をそのまま受け止めているだけなのかもしれないね。燈には確かに七十三段に見えたの。

ルルル

見えたのではない、お主が勝手に心の中で一段増やしたのじゃ。魔界の尖塔の階段であっても、あのような曖昧な計測をすれば即座に設計が崩壊するぞ。

燈

ここは魔界の尖塔ではなくて、何百年も人が歩いてすり減った古い参道だから。すり減った分だけ、境目が溶けているのだと思う。

ルルル

風化して境目が曖昧になったからといって、本来の段数が変化する道理はないわ。石の意思を無視するな。七十二段として据えられたものは永遠に七十二段じゃ。

燈

石の意思までいくと、もう確かめようがないね。燈はあの埋もれた敷石も、立派な役目を果たしていると思ったのだけど。

ルルル

役目と段数の定義は別物じゃ。頑固なやつじゃな、お主は。わらわの正確な眼力を疑う気か。

燈

疑っているわけではないの。ただ、見ている基準が違うだけなのだと思う。

ルルル

ふん、まあよい。お主の頭の中では七十三段であったということにでもしておくがよいわ。わらわの七十二段が揺らぐことはないがな。

燈

うん。ルルルの中では七十二段でいいのだと思う。燈も自分の七十三段を大切にしておくね。

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