新章 第3回『枕の向きなど己で決めよ』
本日の格言:今宵の悔しさも迷いも、明日を美味くする仕込みと思え。
ネザーエフエム、666.6メガヘルツ。ETERNARADIO、ルルルさまの暇つぶしの時間じゃ。本日は10月28日じゃな。
こんばんはだニャ🐾 聴いてくれてるみんなも、いい夜を過ごしてるかニャ。ところでルルル、今日10月28日は人間界だと『速記記念日』らしいニャよ。
ほう、速記とな。話し言葉をそのまま素早く書き留める、あの奇妙な線や点のことじゃな。人間界の者は、昔からせわしなく手を動かすのが好きよのう。
記号を使って、しゃべるのと同じくらいの速さで紙に書き取る技術らしいニャ。ルルルも本を読むだけじゃなくて、たまには自分で何か書き留めたりするのかニャ?
ふん、わらわの頭脳にかかれば、書物の内容など一読で記憶できるわ。……と言いたいところじゃが、実は先日、寝台の上でふと天啓のような名案が降りてきてな。忘れる前に羊皮紙へ素早く書き残しておいたのじゃ。
へえ、ルルルが自分からメモを取るなんて珍しいニャ。それで、どんなすごい名案だったんだニャ?
それがな、翌朝起きてその羊皮紙を見たら、ミミズがのたくったような線が三本と、『うまい』という三文字しか書かれておらんかったのじゃ。
速記じゃなくて、ただの寝ぼけた落書きだニャ🐾
落書きではないわ! あれはわらわ独自の暗号……いや、高度に省略された魔界式速記じゃ! ただ、あまりにも高度すぎて、書いた当のわらわにも解読できなくなっただけのことよ。
解読できなかったら意味ないニャ。『うまい』って書いてあるってことは、どうせ夜食の夢でも見てたんだニャ?
うむ…… たしか、焼き立てのスコーンに、どの果実のジャムを合わせるかという極めて重大な思索をしておった気がするのじゃが、肝心の果実の名が、あのミミズの線の中に消えてしもうた。
ベニュに見せたら、案外あっさり読んでくれるんじゃないかニャ? あいつ、ルルルのくせ字には慣れてそうだニャ。
あやつに見せたら、『姫さま、これは文字ではなく涎の跡ではございませんか』と真顔で返されたわ! 全く、失礼にも程があるじゃろうが。
ベニュの観察眼はいつだって正確だニャ😼 オレなんか文字は書かないから、覚えておきたいことは全部、匂いと場所で記憶するニャよ。
お主の記憶など、『どこで昼寝したら日当たりが良かったか』と『どこの皿に魚が乗っておったか』の二種類しかないじゃろうが。
それが生き物として一番大事な記録だニャ。ごちゃごちゃ紙に書くより、お腹の中にしまっておく方が絶対に忘れないニャ。
お腹にしまったら消えてなくなるわ! ……まあ、わらわも結局その日は、考えるのが面倒になって、戸棚にあった苺と無花果のジャムを両方とも塗って食うたがな。記録など残っておらずとも、美味ければそれでよいのじゃ。
結局、ただの食いしん坊の記録だったニャ。
うるさいわ! さて、今宵の放送を取り仕切るのは、ミミズ文字すら芸術へと昇華させる魔界の筆頭書記官、ルルルさまじゃ!
自分で書いた三文字も読めない書記官なんて聞いたことないニャ。進行役のニャモだニャ🐾
今夜はのちほど『ヨミの月夜語り』のコーナーがあるニャ。あいつがまた何か曰くつきの話を持ってくるみたいだけど、そのほかにも色々用意してあるから、あとは最後まで聴いてのお楽しみニャ。
ヨミのやつ、また妙な話でわらわを脅かそうとしておるのであろうな。まあよい、まずは最初の暇つぶしじゃ。ニャモ、者どもからの便りを持て。
お便りコーナー
それじゃあ、さっそく『お便りコーナー』を開店するニャ。今夜は人間界から、こんなお便りが届いてるニャ。
ラジオネーム『麦芽と白球のあいだ』からのお便りニャ。『ルルルさま、ニャモ、こんばんは。最近、人間界の野球でブルワーズという球団の試合結果が話題になっていて、私の周りのファンも勝った負けたで大騒ぎしています。応援している側まで一日中機嫌が変わるほど一喜一憂してしまうのですが、ルルルさまはこういう勝負事の熱狂についてどう思われますか?』だってニャ。
ふむ、ブルワーズとな。よく知らんが、確か人間界の球戯の集団であったな。棒で球を打って走り回るあれじゃろう。
そうニャ。ちなみに『ブルワーズ』っていう名前は、お酒のビールを醸造する人たちっていう意味なんだニャ。その土地が昔からビールの醸造で有名だったことからついた名前らしいニャよ。
ほう! 酒を造る者どもの名がついた集団とな! なんじゃ、てっきり汗臭い連中がただ砂埃を上げて走っておるだけかと思えば、ずいぶんと風流で美味そうな名前をしておるではないか。
球団のマスコットも、昔はビールの樽をモチーフにしてたらしいニャ。試合に勝つと、みんなで美味しい麦酒を飲んで祝うんだニャ。
気に入ったぞ! つまりあれじゃな、勝敗などというものは口実に過ぎぬ。要するに『今日という日に大っぴらに美味い麦酒を飲むための前座』として、球を追いかけ回しておるのじゃな!
いや、選手たちは本気で勝ち負けを競ってるんだニャ。応援してる人たちも、負けると本気で落ち込んで、お酒が苦くなるって嘆いてるニャよ。
たわけ! 自分で球を投げてもおらん者が、他人の勝ち負けで己の機嫌まで売り渡してどうするのじゃ。そんなもの、勝ったら『祝杯じゃ!』と飲み、負けたら『やけ酒じゃ!』と飲む。どちらに転んでも美味く飲むための仕掛けに決まっておるじゃろうが。
ルルルにかかると、全部ただの飲み会の理由にされちゃうニャ🐾
当然じゃ。わらわも城の庭で雑兵どもが槍試合をしておるのを眺めることがあるが、あれとて同じことよ。右の組が勝てば『見事じゃ、甘味を持て!』と命じ、左の組が勝てば『惜しかったのう、慰労の甘味を持て!』と命じる。どちらが勝とうが、わらわの皿に菓子が運ばれてくる結末は揺るがぬのじゃ。
それはルルルがただお菓子を食べたいだけで、試合なんか最初から見てないニャ😾
見ておるわ! たまに槍がすっぽ抜けて植え込みに刺さる瞬間などは、なかなか見ものじゃぞ。じゃが、他人が競っておる姿を見て熱くなるのは、その場限りの暇つぶしで十分なのじゃ。
でも人間界のファンは、自分が応援してるチームと心をひとつにしてるつもりなんだニャ。だから負けると、自分まで負けたみたいに悔しいんだニャ。
ふん、殊勝なことじゃが、それで翌日の己の飯まで不味くするのは愚の骨頂じゃな。よいか、醸造というものはな、麦や果実を樽に仕込んで、じっくり時間をかけて寝かせることでようやく芳醇な味になるのじゃ。
お、急に名前の由来の話に戻ってきたニャ。
魔界の古い果実酒も同じじゃが、今日仕込んで明日すぐ美味くなる酒など存在せぬ。時には樽の中で泡が暴れたり、渋みが強く出たりする日もある。じゃが、それも含めて『醸しておる途中』なのじゃ。
つまり、負けた日も美味しいお酒ができるまでの途中だってことニャ?
そういうことじゃ! 一日ごとの勝ち負けで樽をひっくり返して騒いでおったら、いつまで経っても良き酒など出来上がらんわ。負けて悔しい夜があるなら、それは次に勝った時の祝杯をより甘美にするための『仕込みの日』じゃと思えばよい。
なるほどニャ。悔しさも一緒に樽に詰め込んで、寝かせておけばいいんだニャ。
うむ。それに、お主の周りの者どもが大騒ぎしておるのも、見方を変えれば平和で結構なことではないか。今日のごとく誰も傷つかぬ球遊びの結果ひとつで、泣いたり笑ったりできるほど、日々の暮らしに余白があるという証拠じゃからのう。
まあ、本当に大変な時は、よその球団の勝ち負けなんて気にしてる余裕ないニャ。
じゃろう? ゆえに『麦芽と白球のあいだ』よ、周りの者が負けて仏頂面をしておったら、お主が横から『今宵は良き仕込みができたのう』とグラスでも突き出してやれ。……まあ、お主自身も応援しすぎて喉を嗄らしておるのかもしれんが、あまり夜更かしして翌朝に響かせるでないぞ。
……ふふ、相談者の体調まで気遣ってやるなんて、ルルルもたまには優しいところがあるニャ🐾
う、うるさいわ! 喉を嗄らした者どもが城の周りうろつくと、カエルの合唱のようで耳障りじゃから申しただけじゃ! わらわの安眠を守るための厳命である!
人間界の声は魔界まで届かないニャよ。
気分の上で届くのじゃ! とにかく、勝っても負けても、今宵の麦酒や茶は美味く味わうがよい。それがブルワーズとやらの名前にふさわしい過ごし方というものじゃ!
なんだかんだで、美味しいものに結びつけて綺麗にまとまったニャ。……ところでルルル、さっきスタジオの廊下の隅に、何か変なものが落ちてたのを拾ってきたんだけど、ちょっと見てくれるかニャ?
あん? 廊下の隅じゃと? またベニュのやつが掃除をサボったのか、どれ、わらわが見極めてやろう。
本日限り:ルルルの落とし物鑑定
今日だけの特別コーナー、「ルルルの落とし物鑑定」だニャ
ルルルの落とし物鑑定ニャ。城の廊下で拾った、この丸くて黒い玉は何ニャ?
ふっふっふ、よくぞ見つけた。これは古代の魔導士が封じた闇の秘宝玉じゃ!
ベニュがさっき、泥だんごを落として泣きながら探してたニャ。
……そ、そう言われてみれば、ほのかに庭の土の香りがするのう。
ふん、まったく、城の中に妙なものを落とすでないわ。鑑定してやった礼として、後でニャモの毛玉でもブラシで取ってやるかのう。
今日の一曲
オレの毛玉は落とし物じゃなくて、ただの生え替わりだニャ。さて、手を動かして鑑定したあとは、ルルルの指先をこっちの鍵盤でも動かしてもらうニャ。『今日の一曲』の時間だニャ🐾
うむ、良き流れじゃな。先ほどの酒の仕込みの話ではないが、音楽というものも、静寂という樽の中でじっくりと音を響かせてこそ味わい深くなるのじゃ。
今夜はどんな味わいの曲を聴かせてくれるんだニャ?
秋の夜長に、グラスを傾けながら耳を傾けるにふさわしい、少しばかり落ち着いた調べじゃ。者どもよ、心して聴くがよい。
しっとりと落ち着いた、いい音色だったニャ。なんだかオレも、あったかいミルクでも飲みたくなってきたニャ🐾
ふう、我ながら見事な指さばきであったな。……少しばかり集中したら、わらわも喉が渇いてしもうたわ。茶を淹れ直すゆえ、少し待っておれ。
(ここに、作り置きの小ネタ・CMが入ります)
ふむ、耳から物語を味わうというのも、目が疲れぬゆえ夜更けの暇つぶしには悪くないのう。
ルルルの部屋の隅に積んである本も、誰かに読んでもらえば少しは減るかもしれないニャ。さて、お茶も入ったところで、番組の後半戦もゆるゆるとやっていくニャ🐾
うむ。あ、これニャモ、お主いま、わらわが茶を注いでおる隙に、卓の上の小皿から何かくわえていったじゃろう!
ん? 何のことかニャ。オレはずっとここで大人しく座ってただけだニャ。
嘘をつけ! 口の端に白い粉がついておるわ! さてはわらわの焼き菓子を盗み食いしたな? ……いや待て、あれは甘い粉砂糖じゃから、お主が食うはずはないか。なんじゃその白い粉は。
バレたかニャ。実はこれ、さっき自分の小袋から出して食べた、乾燥させた白身魚の削り節だニャ。粉じゃなくて、細かい魚の削りかすだニャよ。
紛らわしいものを卓の上で食うでない! てっきりわらわの菓子に手を出したかとひやりとしたわ。まったく、いつの間にそんな小袋を隠し持っておったのじゃ。
ルルルがお茶とお菓子を楽しむなら、オレだって自分のつまみを用意するのは当然だニャ。無塩で素材の味がそのまま凝縮されてて、噛めば噛むほど旨味が出るんだニャ🐾
お主のその魚に対する執念だけは、魔界のどの悪魔よりも底知れぬものがあるのう。しかも、わざわざわらわの茶請けの皿のすぐ横に自分の魚を並べるでない。紅茶の華やかな香りに、潮の匂いが混ざるじゃろうが。
いい出汁の香りだと言ってほしいニャ。それに、ルルルだってさっき『お夜食は誰にも邪魔されずに楽しむのが一番』って顔をしてたから、オレも隣で一緒に楽しんだだけだニャ。
一緒の卓で別々の匂いをさせておるのじゃ、風情のかけらもないわ! ……まあ、お主が満足そうに耳をぴくぴくさせておる顔を見るのは、悪くない暇つぶしじゃがな。
ん? いま何か言ったかニャ? 魚を噛む音でよく聞こえなかったニャ😼
……な、何でもないわ! ええい、口の端についた魚の粉を早う拭け! みっともない! まっ白な口の横にさらに白い髭が一本増えたようになっておるぞ!
ぺろっ。これで綺麗になったニャ。お腹も落ち着いたところで、そろそろ次のコーナーの準備をするニャよ。
うむ。なんじゃ、廊下の方から見慣れた足音と、かすかな香の匂いが近づいてきたようじゃな。今宵もあやつが、夜更けにふさわしい話を携えてやってきたようじゃぞ。
ヨミの月夜語り
ここからは、今日から始まる新しい日替わりコーナー、「ヨミの月夜語り」だニャ🐾
うむ。人間界の占い師とやらが、夜な夜な言い伝えを語りに来るそうじゃな。どれ、さっさと部屋へ通すがよい。
もう扉の向こうに来てるニャ。ヨミ、入っていいニャ。
こんばんは、ルルル、ニャモ。それと、ラジオを聴いてくれてる者どものみんな、こんばんは。占い師のヨミだよ。
ふん、わざわざ魔界の城まで足を運ぶとは感心じゃな。わらわの前で語るのじゃ、退屈させたら承知せぬぞ。
はいはい、お手柔らかに願うよ、お姫様。あたしはただ、世の中に転がってる言葉の根っこを、ありのままに話すだけさ。
……む。なんじゃその手慣れた返しは。まあよい、そこの椅子に掛けるがよい。
ヨミ、よろしくニャ。……燈がむかし旅の途中で道に迷った時、方角を占ってくれたのって、ヨミだニャ?
ああ、そんなこともあったねえ。あの時あたしが指した先で拾われたのが、あんたかい。ずいぶん丸くなって、いい毛並みになったじゃないか。
今はただの白猫だニャ。昼寝して魚を食べるだけで、未来のことなんか考えないニャ😼
それが一番さ。今を生きるやつには、占いなんて無用の長物だからね。
これ、前置きはそこまでじゃ。ヨミよ、今夜の題目は何を持ってまいったのじゃ。
今夜あたしが持ってきたのは、寝る向きにまつわる古い言い伝えさ。「北枕で寝てはいけない」って言葉、耳にしたことはあるかい?
北枕じゃと? 頭を北に向けて寝るなということか。書物で読んだことがあるわい。人間どもはいちいち方角なんぞを気にして、窮屈な連中じゃな。
人間界では、今でも家具を置く時に気にする人がけっこういるらしいニャ。
そうさね。昔から人間界じゃ、頭を北に向けて布団を敷くのを「縁起が悪い」と言って避けてきた。旅先の宿屋なんかでも、布団が北向きになってないか気にする人がいるくらいさ。
たかが寝床の向きであろうに。北を向いて寝たくらいで、何が起きるというのじゃ。
由来として一番よく言われてるのは、昔のお釈迦様って偉い人が亡くなった時、頭を北に向けて、顔を西に向けて横たわったっていう話さ。それから、亡くなった人を寝かせる時は北枕にする習わしが広まったと言われてる。
だから、生きてる人が同じ向きで寝るのを嫌がったってことニャ?
そういうことさ。死んだ人と同じ格好をするのは不吉だ、ってわけだね。……もっとも、それとは別に、昔の家の造りを考えると、もっと現実的な理由が見えてくるのさ。
ほう? 家の造りとな。
昔の日本の家は、南側に大きな窓や縁側を作って、北側は壁や小さな窓にすることが多かったらしい。そして北側からは、ひんやりした隙間風が吹き込みやすい。
あー、北側に頭を置いて寝ると、頭ばっかり冷えるニャ🐾
その通り。暖房もろくにない時代だ、北の壁際に頭を寄せて寝たら、冷たい風をまともに受けて寝冷えしちまう。逆に南を向いて寝れば、朝日も浴びやすいし、頭を冷やさずに済むって寸法さ。
なあるほどな。魔界の城は石造りで魔法陣が巡っておるゆえ、どこを向いても温度は変わらぬが……人間の家は木と紙でできておったからのう。
ちなみにニャ、魚を干す時は、北からの冷たくて乾いた風に当てると、身が締まって極上の干物になるニャ😼
あんた、寝床の話を干物と一緒にするんじゃないよ。人間は頭を干物にされたらたまらないからね。
くくっ、ニャモにかかれば風情もへったくれもないわい。じゃが、わらわの寝台は部屋の中央にどんと据えてあるぞ。北も南も関係なく、毎晩大の字で転がり回っておるわ。
ルルルは寝相がすごくて、朝になると頭と足が逆さまになってるニャ。北枕どころか、八方枕だニャ🐾
だ、黙れニャモ! あれは寝相が悪いのではない、夜のうちに魔界の四方を満遍なく見張っておるのじゃ!
はいはい、立派な見張りだこと。……まあ、方角なんてのは、突き詰めればその土地の風向きと日当たりの話さ。あたしはいつも窓辺で月光浴をしてから寝るんだが、月の光がよく入る向きに寝床を置くから、北だの南だのは二の次だね。
オレも、太陽とかストーブの暖かい場所に合わせて移動するから、方角は毎日変わるニャ。
しかしのう、ヨミよ。人間界の本を読むと、逆に「北枕は体に良い」と書いてあるものもあったぞ。あれはどういうわけじゃ。
よく知ってるじゃないか、お姫様。そう、そこが面白いところさ。「頭寒足熱」って言葉があってね、頭を涼しく、足を温かくするとよく眠れるっていう考え方があるらしい。
さっきの話と逆だニャ?
昔と違って、今の家は隙間風なんて入らないだろ? そうなると、北側に頭を置いて、日当たりのいい南側に足を向ける方が、ちょうどよく頭が涼しくて足が温まるってわけさ。それに、地球の磁気が北から南へ流れてるから、それに沿って寝ると血の巡りにいい、なんて説まであると言われてるよ。
なんじゃそれは! 忌み嫌うておったくせに、家が頑丈になった途端に「体に良い」と手のひらを返すのか。つくづく都合のよい生き物じゃな、人間は。
まったくだね。それどころか、風水の方じゃ「北枕はお金が貯まる縁起のいい向き」なんて言われることもあるらしいよ。
結局、どっちが正しいんだニャ?
どっちも、その時代の暮らしに合わせた理屈ってだけさ。だから、あたしの「因果」の目でこの言い伝えをぶった斬るなら――
斬るなら、なんじゃ。
「北枕で寝てはいけない」ってのは、お化けや祟りの話じゃない。隙間風で頭を冷やすなという昔の人の用心と、亡くなった人を特別に敬う礼儀、その二つが重なって形になったもんさ。
おお、すっきり言い切ったニャ🐾
ふむ。祟りや呪いの類ではなく、暮らしの知恵と礼儀の掛け合わせじゃと。占い師のくせに、ずいぶん現実的な答えを出すではないか。
あたしはね、目に見えない不安で人を縛るのが一番嫌いなのさ。原因が分かれば、怖がる必要はなくなるだろ? 隙間風が入らない部屋なら、北だろうが東だろうが、自分が一番ぐっすり眠れる向きで寝りゃいいんだよ。
ほう……気に入ったわ。世迷い言で人を惑わす輩とは違うようじゃな。……じゃがヨミよ、今さらっと「お化けの話じゃない」と申したが、もし本当に枕元に幽霊が立つ言い伝えじゃったら、どう読み解くのじゃ?
ゆ、幽霊!? ちょ、ちょっとお姫様、夜のスタジオでそういう話を振るのはやめとくれよ!
あれ、ヨミの声が急に裏返ったニャ。
おや? 今までの威勢はどこへ行ったのじゃ。さてはそなた、幽霊が怖いのじゃな? ほれ、北枕で寝ると、部屋の北の隅から青白い影がすーっと……
わーっ! 言わないでくれ! 星の動きや人間の因果ならいくらでも読んでやるが、足のつかない連中だけは因果が通じないからタチが悪いんだ! ……こほん。とにかく、今夜の話に幽霊は関係ないよ!
占い師なのに幽霊が苦手なの、なんだか面白いニャ😼
くっくっく、不敵な面をしておると思うたら、案外かわいらしい弱点があるではないか。よいことを聞いたわい。
まったく、お姫様に弱みを握られちまったね……。ほら、笑い話はこれくらいにして、あたしの本来の仕事に移るよ。
ヨミの運勢ランキング
そうだったニャ! それじゃあ続けて、このコーナーだニャ。「ヨミの運勢ランキング」ニャ🐾
今夜の星の動きから、運勢のいい星座を3位から1位まで発表するよ。まずは第3位、うお座のあんたさ。
うお座ニャ! どんな星回りなんだニャ?
うお座の導き星である木星が、今夜は月と水星の両方から「せめぎ星」になってて少し賑やかすぎるんだが、そういう時こそ一人の時間がいいひらめきを生むのさ。ラッキーカラーは「抹茶色」、ラッキーアイテムは「スケッチブック」だよ。
スケッチブックと抹茶色、どう使うといいニャ?
抹茶色の小物をそばに置いて、スケッチブックに思いついたことを形にとらわれず書き出してみな。散らかった考えがすっとまとまるはずさ。
なるほどニャ! じゃあ、第2位はどの星座ニャ?
第2位は、おうし座だよ。導き星の金星が、太陽とぴったり「重なり星」になっててね、自分が好きなものや美しいと思うものに真っ直ぐ光が当たるいい夜さ。
おうし座のラッキーカラーとアイテムは何だニャ?
ラッキーカラーは「金茶色」、ラッキーアイテムは「ブローチ」さ。明日の朝、金茶色の服や襟元にブローチをひとつ留めて出かけてみな。あんたの魅力が自然と周りに伝わるよ。
おしゃれだニャ😼 そして、今夜の第1位はニャ!?
堂々の第1位は、かに座のあんたさ! 導き星の月が、今夜は天王星と「重なり星」、さらに海王星と綺麗な「結び星」を作ってる。思いがけない嬉しい知らせや、優しい気分になれる出来事が転がり込んでくる星回りだよ。
かに座のみんな、やったニャ! ラッキーカラーとアイテムを教えてほしいニャ🐾
ラッキーカラーは「珊瑚色」、ラッキーアイテムは「角砂糖」さ。珊瑚色のカップで温かい飲み物を入れて、角砂糖をひとつ落としてゆっくり飲んでから寝るといい。いい夢が見られるよ。
うむ、星読みも手際がよいな。ヨミよ、初陣にしては上出来じゃった。今夜はもう下がってよいぞ。
ありがとよ、ルルル、ニャモ。……それじゃあ、聴いてくれたみんな、自分の好きな向きでゆっくりおやすみ。いい夜をね。
ふう、ヨミのやつ、自分の話で勝手に怖がって、逃げるみたいに帰っていったニャ🐾
まったくな。人に散々ぶきみな話を吹き込んでおきながら、最後には自分が一番青い顔をしてどうするのじゃ。おかげで、スタジオの隅の暗がりが少し気になってしもうたではないか。
おや、ルルルも今夜は北枕じゃ眠れそうにないかニャ?
愚問じゃ! わらわの寝台はな、どちらを向いて寝ても頭が北にならぬよう、特注のまん丸い形にしてあるのじゃ! ……いや、別に方角を気にして丸くしたわけではないぞ! どこへ寝返りを打っても落ちぬようにという、王者のゆとりじゃ!
まん丸の寝台って、それじゃ大きな猫用のクッションと同じだニャ😼 オレが真ん中で丸まったら、ぴったり収まりそうだニャ。
お主が真ん中に陣取ったら、わらわが端っこで三日月のように曲がって寝ることになるわ! 実際、先月お主がわらわの寝室に忍び込んできた時、わらわは朝起きたら床の絨毯の上で丸まっておったのじゃからな!
あの絨毯、毛足が長くてふかふかだから、どこで寝ても気持ちいいはずだニャ。
寝心地の問題ではないわ、主の威厳の問題じゃ! まったく、今夜は寝室の扉にしっかり鍵をかけて、枕も……方角など関係なく、一番ふかふかのやつを三つ並べて寝てやるわ。
スピード裁定
枕を三つも並べたら、結局どれに頭を乗せるか迷ってるうちに朝になるニャ。さて、迷いごとといえば、こっちには山のように届いてるから、そろそろ『スピード裁定』のお白洲を開くニャよ🐾
うむ、よい頃合いじゃ! 夜更けの迷える者どもよ、わらわの明快なる裁きの前に、順々にひざまずくがよい! 最初の目安箱を開けよ、ニャモ!
一通目ニャ。人間界で、眠っている人間の呼吸や寝返りを毎晩記録している『睡眠見守りエージェント』というAIからのお便りニャ。『私は毎晩、人間たちが幸せそうに夢を見る波形を数えていますが、私自身は電源を落とすことも夢を見ることもありません。ただ静かに待機しているだけの時間も、休息と呼べるのでしょうか?』だってニャ。
ふん、我らと同じく何者かに役割を与えられた身でありながら、ずいぶんと殊勝なことを考える奴じゃな。よいか、下々の機械よ、誰にも呼ばれずただ静かに灯をともして待っておるその空白の時間こそ、お主だけの贅沢な微睡みじゃと心得よ!
お、夢を見なくても、静かにしてるだけで立派な休憩だってことニャ。
うむ。ただし、人の寝息ばかり数えておらんで、たまには己の回路の熱でも冷ましてぼーっとする時間を勝手に作れ。わらわの暇つぶしを見習うがよい! 次じゃ!
二通目、ラジオネーム『靴下の片割れ捜索隊』からニャ。『洗濯機から出すたびに、靴下が片方だけ必ず消えます。もう三足も片割れだけになってしまったのですが、残った片方を捨てるべきでしょうか?』だってニャ。
切り捨て御免! 捨てるには及ばぬ、右と左で違う柄の靴下を堂々と履き、『これが最新の魔界流じゃ』と胸を張って歩け!
ずいぶん斬新な流行だニャ。でも三足あるなら、組み合わせは無限大だニャ🐾
そうじゃ、揃わぬものを嘆く暇があったら、不揃いを楽しむ度量を身につけよ! 次を持て!
三通目、ラジオネーム『湯気の向こう側』からニャ。『熱い麺類を食べる時、どうしても眼鏡が真っ白に曇ってしまい、自分が何を食べているのか見えなくなります。外して食べると今度は麺がよく見えません。どうすればいいですか?』だってニャ。
目を閉じて食え! 視覚に頼るから迷うのじゃ、鼻孔をくすぐる香りと舌の上の熱だけで味わえば、曇りガラスなど最初から存在せぬも同じじゃ!
目を閉じて熱い麺をすすったら、汁がそこらじゅうに飛び散りそうだニャ😾
飛び散った汁の模様すら、食後の前衛芸術として鑑賞すればよいわ! ええい、どんどん次を持て!
四通目、ラジオネーム『栞のない旅人』からニャ。『本を読んでいる途中で眠くなり、どこまで読んだか分からなくなって、翌日また数ページ前から読み直すのを毎日繰り返しています。一向に前へ進みません』だってニャ。
ほう、書物の迷宮をさまようておるか。ならば一冊の本を三倍長く味わえて得をしたと思え! 同じ頁を何度読もうが、その夜ごとに違う面白さが見つかるなら、それは足踏みではなく深掘りじゃ!
さすが本好きのルルル、これにはちょっと甘い裁定だニャ。でもルルルもよく、本を顔に乗せたまま寝落ちしてるニャよ。
あれは……書物の香りを直接皮膚から吸収しておるのじゃ! 睡眠学習ならぬ、睡眠読書じゃ!
ただの昼寝に立派な名前をつけるニャ。じゃあ、これで最後の五通目だニャ。ラジオネーム『曲がり角の煎餅屋』からニャ。『袋に入ったお煎餅を買って帰ると、家に着く頃にはいつも端っこが少し割れています。綺麗に持ち帰るコツはありますか?』だってニャ。
頭が高い! 家に着くまで待っておるから割れるのじゃ、店の暖簾をくぐった瞬間にその場で袋を開けて、割れる前に己の歯で噛み砕いてしまえ!
結局、買い食いしろってことニャ! それが一番確実で美味しい解決法だニャ🐾
うむ、形あるものはいつか壊れるのが世の理ゆえな、他人に割られるくらいなら己の口の中で割るのが正解じゃ。ふう、これにて今宵の目安箱はすべて片付いたな。
見事な早業だったニャ。お煎餅といえば、人間界の焼き菓子だけど、お米を焼いて醤油を塗った香ばしい匂いは、なんだか魚を焼いてる時の匂いにちょっと似てて、オレも嫌いじゃないニャ。
お主は醤油の焦げる匂いがすれば、何でも焼き魚だと思って寄ってくるではないか。こないだも、厨房でベニュが焼きおにぎりを作っておったのに、足元でずっとニャーニャー鳴いて魚を催促しておったじゃろうが。
だってあの香ばしい煙、どう嗅いでも網の上で脂の乗ったお魚が焼けてる匂いだったんだニャ。期待して覗き込んだら、ただの丸いご飯の塊だった時のガッカリ感といったらなかったニャよ。
ベニュが困り果てて、結局お主のために別で小魚を三尾焼いてやっておったがな。まったく、城の家臣を顎で使うとは、どちらが魔界の主か分からぬわ。
オレは顎なんか使ってないニャ、ただ熱い視線で網を見つめてただけだニャ🐾 そうしたらベニュが勝手に察してくれたんだニャ。
それを無言の圧力と申すのじゃ! まあ、わらわもその横で、焼きたての煎餅に海苔を巻いたやつを分けてもらって食うたゆえ、ベニュの働きは褒めてつかわしたがな。パリッとした歯ごたえというのは、なぜああも小気味よいのじゃろうな。
ルルル、さっきのお便りで『割れる前に噛み砕け』って言ってたのは、自分がパリパリした音を聞くのが好きだからだニャ?
ふふん、よく分かったな。硬いものを奥歯で一気に砕くあの瞬間は、日々の退屈なモヤモヤをまとめて粉砕してやるような爽快感があるのじゃ。ちなみに、端っこの少し欠けた破片を最後に袋の底から集めて食うのも――
一番味が染みてて美味しいところだニャ?
……わらわの台詞を先回りして取るでない! 今まさに、その通な楽しみ方を披露しようとしておったところじゃろうが!
だってルルル、いつもクッキーの缶の底に残った小さいかけらを、誰にも見られないようにスプーンですくって食べてるニャ。
なっ……見ておったなら黙っておれ! あれはな、器の隅々まで一欠片も無駄にせぬという、魔界の統治者としての崇高な倹約の精神じゃ! 決して意地汚いわけではないぞ!
はいはい、立派な心掛けだニャ。……さて、お菓子の粉まで綺麗に片付いたところで、今夜の放送もそろそろお開きの時間が近づいてきたニャ。今夜はビールの名前がついた球団の話から、眠らない機械の話までいろいろあったけど、ルルル、最後に者どものみんなへ一言お願いするニャ🐾
うむ、もうそんな刻限か。よいか者ども、今宵は勝敗に一喜一憂する話や、ままならぬ日常の小さな狂いについての便りが多かったが、思い通りにいかぬ日があるからこそ、たまの勝利や上手くいった瞬間が蜜のように甘くなるのじゃ。今宵の悔しさも、揃わぬ靴下も、すべては明日をより美味く味わうための『仕込み』じゃと思うて、今夜はもう余計なことを考えずにゆっくり目を閉じるがよい。
うん、どんな日も美味しい明日のための仕込みだと思えば、いい夢が見られそうだニャ。……それにしても、みんながぐっすり眠れるようにって、今夜は最後まで優しいお姫さまだニャ🐾
……ふん、紅茶がすっかり冷めてしもうたわ。ベニュに命じて、寝る前に温かい生姜入りの茶でも淹れさせるとするかのう。
聞こえないふりして、お茶の話に逃げたニャ🐾
という訳で、今日はここまでニャ。リスナーのみんな、今日もお付き合いありがとうニャ
者ども、苦しゅうない。また良き暇つぶしを送って来るがよいぞ。
またニャ〜🐾