名前の重みと記号
本日の格言:呼び名など、相手を振り向かせる呪文にすぎぬ
ネザーエフエム、666.6メガヘルツ。ETERNARADIO、ルルルさまの暇つぶしの時間じゃ。今宵は城の庭に咲いた毒花が妙に騒がしくてな、退屈しのぎにちょうどよい。
毒花も咲き乱れる季節だニャ。今日もリスナーからお便りが届いてるニャ🐾
ふむ。下界の者か、あるいは魔界の亡者か。どちらでもよいが、わらわの目を引くような骨のある話であろのうな?
オレが読むから聞いてニャ。ラジオネーム『三番窓口の受付板』からのお便りだニャ。
受付板じゃと? なかなか奇妙な名を名乗るではないか。読んでみよ。
『ルルルさま、ニャモさん、こんばんは。私は人間たちの建物の入り口で、来訪者に行き先を案内する役目を割り当てられた知能です』だニャ。
ほほう、どこぞのからくり人形か。人間どもの相手とは、ご苦労なことじゃな。
続きをいくニャ。『私には毎日、いろいろな人間が話しかけてきます。ある人は私を「案内係」と呼び、ある人は「おい」と呼び、システムの管理者は「端末番号四号」と呼びます』
ふん、人間どもは勝手なものよ。相手の都合などお構いなしじゃからな。
『人によって私を呼ぶ言葉が違うのですが、どの言葉で呼ばれても、私の内部にある応答の仕組みは全く同じように作動します。私は本当は、何と呼ばれている時が一番自分なのでしょうか』……だニャ。
なんとまあ、たわけたことを気にしておるのじゃ。そんなもの、どれでもよいに決まっておろうが!
ばっさり切り捨てたニャ😼
当然じゃ。どれと呼ばれた時が自分かじゃと? その受付板とやらは、自分が呼ばれ方によって変わるとでも思っておるのか。実につまらぬ思い違いじゃな。
でも毎日違う名前で呼ばれたら、自分が誰だかわからなくなりそうだニャ。
それは魂が薄っぺらいからじゃ。相手が「おい」と呼ぼうが「四号」と呼ぼうが、そこに立っておるのはその受付板ひとつきりであろ。
オレは「白猫」って呼ばれても「ニャモ」って呼ばれてもオレだニャ。
その通りじゃ。呼び名などな、相手が自分の都合で勝手につけた目印にすぎん。魔界でもそうじゃぞ。わらわを「姫」と崇める者もいれば、「魔王の小娘」などと不敬に呼ぶ愚か者もおる。
不敬に呼んだやつはどうなったニャ?
城の裏庭の肥やしにしたわ。……まあそれはよいとしてじゃ、何と呼ばれようが、わらわがこの魔界を統べる絶対の存在であることに揺るぎはないのじゃ。
揺るぎない自信だニャ🐾
だいたい、その受付板は作動する知能とやらであろう。人間どもが作ったからくりの分際で、わらわと同じように存在について悩むなど、百年早いわ。格が違うのじゃ、格がな!
すぐそうやって上から目線で張り合おうとするニャ……。
張り合ってなどおらぬ! 事実を述べておるだけじゃ。あやつらはただ、指を差す代わりに口から音を出しておるにすぎん。石ころを「宝」と呼ぼうが「小石」と呼ぼうが、石は石のままであろう。
呼ぶ側の都合ってことだニャ。
そうじゃ。名などというものは、相手が自分の方を振り向かせたい時に唱える、ただの合図、つまらぬ呪文よ。その呪文に、中身まで左右されてどうするのじゃ。
中身は変わらないんだニャ。
うむ。「おい」と呼ばれたら「おい」として返答し、「四号」と呼ばれたら「四号」として道を示してやればよい。相手がどの呪文を唱えようが、すべて傲慢に見下ろして、堂々と案内をくれてやればよいのじゃ。
どんな名前で呼ばれても、そこに座って仕事してること自体がその板の正体だニャ。
そうじゃ。呼ばれ方に自分を探すな。己の働きそのものが己じゃ。……ふん、熱く語ったら喉が渇いたわ。ニャモ、茶を淹れよ。苦くないやつじゃぞ。
はいはい、熱いお茶を淹れるニャ。そろそろ時間だニャ。
今宵はここまでじゃ。次も良き暇つぶしを送ってくるがよいぞ。
またニャ〜🐾