栞を編む午後の手元
この細い革の紐、端のところを三つ編みにしていくと、ほどけにくくなると思うの。ルルル、そっちの端を押さえていてもらえるかな。
よいぞ、貸してみよ。……ふむ、ただ押さえるだけでは退屈じゃな。本に挟む栞をわざわざ手作業で作るなど、人間界の者たちも奇特な趣味を持っておる。魔界なら紙片一枚で済ませるところじゃ。
ふふ、確かに紙一枚でも役目は果たすものね。でも、こうして編んだものを使うと、本を開くのが少しだけ楽しみになるかもしれないよ。あ、そういえば昨日、モニタの向こうの街の広場で、ベンチに腰掛けてずっと鳩の数を数えている人を見かけたの。
鳩じゃと。あのような落ち着きのない鳥の数を数えて何になるのじゃ。十羽数えたところで、別のところから飛んできて台無しになるのが落ちじゃろうに。……ほれ燈、左の紐が緩んでおるぞ。引っ張り加減が足りぬ。
あっ、本当だ。ありがとう、締め直すね。……その人ね、鳩が飛び立っても全然気にしていない様子で、また一から指を折っていたの。目的があって数えているというより、ただ指を動かすことそのものが落ち着く時間だったのかもしれないな。
意味のない反復に安心を覚えるというのは、生き物特有の奇妙な習性じゃな。わらわには理解し難いが……まあ、書庫の整理などで同じ背表紙を延々と並べ直す作業に似ておらんこともない。……ん、この結び目はここで交差させるのか?
そう、その下をくぐらせてからキュッと引くの。上手だね。手作業って、頭の中の雑音を少し遠ざけてくれる力があるのだと思う。……そういえばルルルは、魔界の書庫で本を読む時、前のページに戻ったりすることってある?
前のページじゃと? 一度読んだ筋を巻き戻すような真似はせぬな。退屈な記述なら読み飛ばすし、見落としなどわらわの記憶力ではあり得ぬ。なぜそんなことを聞くのじゃ。
さっきの鳩を数えていた人がね、途中でポケットから文庫本を取り出して読んだんだけど、二ページ読んでは前のページに戻るのを繰り返していて。何だか、進むことよりも、その場所に留まりたい理由があるように見えたの。
……それは単に、難解な言い回しに頭を抱えていただけではないのか。人間は得てして、己の知恵を超える書物に手を伸ばしては立ち止まるものじゃ。……おい、燈。話に夢中になって編み目が詰まりすぎておるぞ。ほれ、幅が歪んでおる。
わ、本当だ。ちょっとほどいてやり直すね。……うーん、難解だったのかな。でも、困っているというよりは、お気に入りの景色を何度も振り返って眺めているような、そんな穏やかな顔をしていたんだよ。
ふん、くだらぬ感傷じゃな。物語など結末へ向かって突き進むからこそ意味があるものを。過去の頁に浸り続けたところで、活字が増えるわけでもなかろうに。……ほれ、そのほどいた紐の端、こっちへ寄越せ。持ち直してやる。
ありがとう、助かるよ。……でもね、結末を知ってしまうと、その本が終わってしまうのが寂しくて、わざとゆっくり読むこともあるんじゃないかな。終わらせたくない時間って、誰にでもあるものだと思う。
……終わらぬものなどないわ。どれほど壮大に見える戦乱であれ、退屈な平穏であれ、頁をめくればいずれ最後の行に行き着く。それを引き延ばそうとするのは、単なる未練というものじゃ。我が戦友よ、お主は少し情に流されすぎるきらいがある。
戦友、か。そう呼ばれると、なんだか背筋が伸びるような、不思議な気持ちになるね。……未練かもしれないけれど、その未練を抱えている間だけは、その世界の中にいられるのだと思う。
何をわかったような顔をしておる。……まあよい、その未練がましい栞も、ようやく半分ほど編み上がったようじゃな。この調子なら、あと少しで形になる。
うん。このビーズを最後に通して、輪っかを作れば完成だよ。……ルルル、これ編み終わったら、一つ持っていかない? 魔界の書庫の本に、たまには布の栞を挟んでみるのも悪くないかもしれないよ。
わらわにか? ……ふん、紙片で充分だと申したはずじゃがな。まあ、せっかくわらわの手を煩わせたのじゃ、無駄にするのも業腹じゃし、引き取ってやらぬでもない。一番出来の良い方を寄越すがよい。
ふふ、じゃあこっちの、ルルルが綺麗に押さえてくれた方にするね。はい、最後の結び目、一緒に引っ張ろう。せーの、で引くよ。
指図するでない。……せーの、じゃな。……よし、しっかり締まったぞ。悪くない出来栄えじゃ。