古い布の手入れ
さっき天幕の隅を整理してたらね、昔使ってた敷布が出てきたんだよ。すっかり色も褪せて、端のほうなんて糸がほどけかけててね。なんだか、見てるだけで胸のあたりが妙にざわつくのさ。
ただの経年劣化じゃな。繊維の寿命など、保管の仕方に左右されるものよ。湿気でも吸っていたのではないか。
いや、理屈は分かってるんだよ。ただ、風に晒されてくすんだ色合いとか、手で触れたときの頼りない薄さを見てるとね、あの頃の雑然とした空気や、戻らない時間の重みみたいなものが、急に押し寄せてくる気がしてさ。
布一枚に何を背負わせているのじゃ。埃をかぶって脆くなった織物など、放置すればさらに裂け目が広がるだけぞ。
裂け目、ねえ……。繕い直せば形は残るかもしれないけれど、あの頃の鮮やかさはもう二度と戻らない。そう思うと、針を通す手すら止まってしまうんだよ。因果の巡りとは違う、ただ零れ落ちていく寂しさがあるじゃないか。
感傷に浸って針を止める暇があるなら、とっとと補修の段取りを組むがよい。まずは端のほつれた糸を揃えて切り落とし、裏から補強の当て布を縫い付けるのじゃ。
糸の強度が落ちているなら、蝋を引いた太めの麻糸を使うとよい。手元にないなら、似た質感の丈夫な綿糸でも代用は利くぞ。
ずいぶんと具体的な指示を出すね。でもさ、そうやって別の布を継ぎ足してしまったら、元の布が持っていた記憶のようなものが、薄れて消えてしまう気がするのさ。
記憶などというあやふやなものは、布そのものには宿らん。道具は使ってこそ価値を保つのじゃ。当て布をして補強せねば、次に畳む時に自重で破れて灰燼に帰すだけぞ。
破れて無に帰す、か。それならそれで、ひとつの役目を終えた証拠なのかもしれないけれどね。無理に延命させるのが、本当に正しいのかどうか。
使いたいから残しておるのではないのか。捨てる気がないからこそ、そうして手元に置いてため息をついておるのじゃろう。ならば現実的な処置を施すのが筋というものじゃ。
……まあ、捨てる踏ん切りがつかないのは事実だよ。ただ、昔の匂い配分まで変わってしまうのが、どうにも引っかかってね。
匂いなど、一度陰干しして風を通せば抜けるに決まっておろう。直射日光に当てるとさらに繊維が痛むから、風通しのよい日陰に吊るすのじゃ。半日も干せば籠もった湿気はあらかた飛ぶ。
陰干しか。昔はそんな丁寧な扱いもしないで、砂埃の中に放り投げてたもんだけどね。そうやって手をかけること自体が、なんだか過去を書き換えてるみたいで落ち着かないのさ。
過去を書き換えるのではなく、現在の状態に合わせて手入れをするだけじゃ。埃を落とす時は、叩くのではなく柔らかい刷毛で払え。叩けば脆くなった織り目が余計に崩れる。
刷毛ね。水晶の手入れに使う柔らかい毛先のものなら、道具箱にあるよ。……あんた、やけに修繕の手順に詳しいじゃないか。
本で読んだ知識じゃ。魔界の書庫には、古書や調度品の保存に関する記録がいくらでもある。どれほど古い品であれ、適切な処置を施せば実用には耐える。嘆く前に手を動かせ。
嘆いてたつもりはないんだけどね。ただ、昔のあたしがそこに置き去りにされてるような、妙な感傷に引っ張られてたのは確かさ。
置き去りも何もあるものか。現にその布は今、そなたの目の前にある。褪せた色を眺めて立ち止まるより、針に糸を通す方がよほど建設的じゃ。ほれ、さっさと刷毛を持ってこい。
はいはい、分かったよ。そこまで段取りを立てられたら、湿っぽい顔をしてるのも馬鹿らしく思えてきたよ。言われた通り、まずは陰干しから始めてみるさ。
うむ。干し終えたら、裏地の寸法を測っておくのじゃぞ。継ぎの大きさを誤ると、布が引きつれて使い物にならんからな。