紐通しと鳩の群れ
ほらルルル、そっちの端を押さえてな。この紐を全部の穴に通しちまわないと、棚の幕が留まらないんだから。
わらわにこのような細々とした雑用を言いつけるとは、相変わらず不敬な奴じゃ。……ふん、ここを持てばよいのじゃな?
そうそう、緩まないようにしっかり引いといてくれりゃいい。……そういやさっき、表の通りで鳩がやけに一箇所に固まっててね。
鳩じゃと? 羽虫のように群がる下等な鳥のことか。人間がまた菓子屑でもばら撒いていたのであろう。くだらぬ。
それがさ、誰も何も撒いてないんだよ。ただ四角いマンホールの蓋の縁に沿って、綺麗に十羽くらい並んで座り込んでたのさ。
……む、穴に紐の先が引っかかって通らんぞ。ええい、この針金の先が曲がっておるのが悪いのではないか?
針金が曲がってんじゃないよ、あんたが引っ張りすぎて布の目が詰まってんだ。ちょっと緩めな。……で、その鳩たち、全員きっちり同じ方角向いててね。
日当たりでも気にしておったのであろう。鳥の浅知恵など、太陽の向き一つで右往左往するものと決まっておる。……ほれ、通ったぞ。次を寄こすがよい。
はいよ、次はそっちの真ん中の輪っかだ。日当たりねえ。でも、その時間はもう曇ってて影も落ちてなかったんだよ。
なら風の向きじゃな。魔界の使い魔とて、強風の日は一様に風上に頭を向けて羽を窄めるものじゃ。それと同じことよ。
それも違うね。風なんて微動だにしてない、じっとりした昼下がりだったよ。ただ何となく、あの蓋の冷たさが心地よかったのかねえ。
……おい、ヨミ。次の穴はどこじゃ。布が撓んで次の通し穴が見当たらぬぞ。
おっと、すまないね。あたしが紐を巻き取るのに夢中で手繰り寄せすぎちまった。ほら、裏返したその角にあるだろ。
あったわ。……まったく、手元が疎かになっておるぞ。鳩の並びなどという他愛もない事象に気を取られすぎじゃ。
因果の手がかりってのは、大抵そういう何の役にも立たない隙間に転がってるもんさ。見慣れた景色が不意に幾何学模様に見える瞬間ってのは、案外馬鹿にできないんだよ。
ふん、規則的に見えたからとて、そこに意味があるとは限らん。幾千の年月を見てきたが、世界の大半は単なる偶然の積み重ねで回っておるわ。
違いない。意味なんて後から人間が勝手につける理屈だ。ただ、あの鳩どもが微動だにせず同じ隙間を見つめてる姿は、なんとも奇妙でね。
……まさか、その蓋の底に何か潜んでおったのではあるまいな? 地下の淀みには、人ならぬものが這い蹲ることもあるからの。
おいおい、縁起でもないこと言わないでおくれよ。あたしはそういう、得体の知れない湿っぽい気配の話はまっぴらなんだから。
なんじゃ、急に手を止めて顔色を変えて。占い師のくせに、実体のない怪異の影を本気で嫌がるのは滑稽じゃな。ほれ、早くこの紐を引っ張らぬか。
わかってるよ、引っ張るよ。幽霊とか怪談の類は、因果も筋道もないから嫌いなだけさ。ほら、そっちも弛まないように結び目を作って。
言われずとも済ませておるわ。……これで最後か? 随分と頑丈に括り付けられたようじゃが。
ああ、上出来だ。これなら風が吹いても幕が飛ぶことはないね。手伝い、助かったよ。
礼など不要じゃ。わらわの退屈しのぎに付き合わせただけのことよ。さあ、さっさとその道具を片付けよ。