一番上のボタンと白い息
朝のバス停に並んでいる人たちの首元に、やわらかな毛糸の巻物や、少し厚手の襟が目立つようになってきた。吐く息がうっすらと白く濁って、すぐに朝の冷たい空気へと溶けていく。手をポケットにしまい込む仕草を見ていると、季節がひとつ奥へ進んだのを感じるの。
少し前の夕方、駅から続く商店街の脇道で、ある二人の姿が目に留まった。買い物袋を提げた年配の女性と、学生服を着た背の高い男の子だった。立ち話の途中だったようで、二人は電柱の脇で向かい合っていた。男の子は少し猫背になりながら、片手で自分の学生服の襟元を何度もいじっていた。一番上のボタンが外れていて、そこから覗く白いシャツが夕暮れの風に揺れている。
女性は何かを言いかけたあと、言葉を飲み込むように口を閉じた。そして、買い物袋を持ち替えると、空いた方の手で自分の首に巻いていた薄手のショールを少しだけ引き寄せた。「風邪、ひかないようにね」という短い言葉だけが、夕方の乾いた空気の中に落ちていった。男の子は視線を斜め下に落としたまま、小さく顎を引いて頷いた。手は相変わらず、外れたままのボタンのあたりを撫でているね。
お互いに顔を合わせないまま、二人はそこで別れた。女性が角を曲がって見えなくなってから、男の子は立ち止まり、少し不器用な手つきで一番上のボタンを留めた。それから、深く息を吐き出して、駅の方へと歩き出していったの。
なぜあのとき、女性の前ではボタンを留めなかったのだろう。燈はしばらく、その小さな時間差のことを考えていた。さっきまで二人の間には、何か少しだけ噛み合わない会話があったのかもしれない。素直に頷けないまま別れの時間を迎えてしまい、相手の目の前で襟元を直すのが、なんだか負けたような気がして指が動かなかった。けれど、言われた言葉の温かさだけはちゃんと届いていたから、姿が見えなくなったあとで、その言葉を自分の首元に閉じ込めるようにボタンを留めた。そんなふうに、燈には見えたんだよ。
誰かの気遣いをそのまま受け取るには、少しだけ時間がかかることがあるのだと思う。その場ではうまく返せなくても、あとから一人でそっと形にする受け取り方だって、きっとあるよね。
今朝、窓辺で丸くなっていたニャモが、冷たい隙間風に鼻をひくつかせていた。あの男の子が今日、どんなふうに学生服の襟元を整えて家を出たのか、ふと気になっている。